元開冨士雄
げんかい歯科医院院長
論文「未病を治す」に歯科がどうかかわるか ー口腔機能の見地からー の中で、元開冨士雄・歯科医は、日本の超高齢化社会における、あまりに多くの、しかも未解決な課題が存する現状に対して、個人レベルと社会全体のレベルでの対応が必要であり、かつ急務であると訴えている。
そして、口腔の治療を通して、幼児から高齢者まで老若男女全てに関わっている歯科医療・歯科医がどのように向き合っていくべきなのか、そして今、何が不足しているのかを、胎児から乳幼児、児童の口腔機能の正常な発育と障害に関するデータ、および呼吸や嚥下などの口腔機能のメカニズムを示しながら、エージングに伴う口腔機能の衰弱が、全身における虚弱(フレイル)や筋肉減弱(サルコペニア)による運動器不安定症(ロコモティブシンドローム)につながっていく可能性に触れ、口腔機能維持の重要性を提言している。
原本:神奈川県歯科医師会 神歯会報この論文の中から、口腔機能に関わる部分のみ抜粋し、要約しました。(編集部)
なお、直面している超高齢社会への対応の鍵が「未病」対策であるとする部分は別なページにまとめました。
口腔健康とは
これまで私たちは、う蝕と歯周病への対処こそが歯科治療であり、歯数が多ければ口腔機能は保たれると考えてきた。
しかし、多くの歯を残存したまま体が動かない状況になった時には、歯の清掃が困難なために生命の危険性を増加させてしまうという新たな課題も出始めている。
さらには、歯が存在しても誤嚥や窒息は減少することはなく、睡眠時無呼吸や睡眠障害も解決されてはいない。繰り返しになるが、「口腔の健康」とは歯科疾患がないことだと考えてきた。
これは、生物医学モデルにおける「健康とは疾病の欠如」の定義による。
しかし、健康とは「病気がないこと」だけでなく、「生物学的不利が存在しない状態」と考えられないだろうか。そうであるなら、歯科医療は、「歯の健康」から、「口腔の健康」「全身の健康」へとパラダイムシフトする必要があると思われる。
そうした点で、竹内光春(元東京歯科大名誉教授)の口腔健康の定義は、口腔の健康を広く捉えており、「健康な歯牙口腔とは、『正常な発育』『機能の発揮』『疾病異常がない』ことをもって口腔健康となす」と述べている。
さらに「前二者の歯牙口腔の健康が主体をなすものであって、単に疾病異常の予防ということではない」と続けている。
つまり、口腔の健康の主体は、『口腔の正常な発育』と『口腔機能の発揮』にあり、特に口控機能が十分に発揮されるよう顎口腔の発育を管理することは、口腔疾患だけでなく口腔の形態・構造の異常を予防するとことであり、未病の歯科医療の在り方にもつながると考えられる。
また、私の恩師である大竹邦明は、その著書で、
「健康とは、疾患がないだけでなく、その人なりの社会的役割を十分に発揮しえることだ。口腔が持つ役割・機能が十分に発揮できる状態になっていることである。つまり、疾患がないということは、必要条件に過ぎない」と述べている。口腔の健康のために、人を全体として捉え、その人を取り巻く生活環境を整備していく存在となることが、今、歯科医療者には求められる。
参考
WHOの健康の定義Health is a state of complete physical, mental and social well-being,
and not merely the absence of disease or infirmity.健康とは、完全な肉体的、精神的ならびに社会的に良好な存在状態であって、
単に病や弱さの存在しないことではない。
口腔機能とは
口腔の健康が、口腔機能の獲得とその機能の発揮によりもたらされるのなら機能についても考えてみよう。
不正咬合は必ず何らかの機能不全を伴うといわれるように、口腔機能の質や顎口腔の筋肉のバランスは歯列・咬合に強く影響する。
そのため、発達期の小児にとって順調な口腔機能の獲得こそが歯列・咬合の育成と歯列咬合異常の予防をもたらすことになる。
しかし、実際には口腔機能が獲得・発揮できない原因は明確ではない。
口腔機能の獲得の開始時期が育児や保育期であるため、正常に発育を続ける乳幼児と問題を抱える乳幼児の成長パターンの間に存する微妙な境界を判定することはできない。
こうしたことから、人為的に成長期の小児に口腔機能を順調に獲得させることは非常に難しいといえる。
よって、すべての成人には口腔機能の質に差があり、高齢者となった時に大きな影響を及ぼすと考えられる。
主な口腔機能とは、摂食、呼吸、発語、表情表出そして感覚情報の入力である。
これらの機能は、生命維持と人間としての社会性に強く関わる。
そのため、生活弱者である乳幼児や高齢者・要介護者が口腔機能の低下を招くことは、日常生活の自立に影響を与える。
よって、成長期の小児には順調な口腔機能の獲得を、高齢者には機能の維持・すみやかな回復を図ることが重要な課題となる。
そしてこのことが、未病を治すことになる。口腔機能が発揮するとは
一般的な口腔機能である生命機能(咀嚼・嚥下・呼吸)と生活機能(発語・表情の表出)という視点ではなく、口控の機能を解剖学的視点から見ると、口腔機能は摂食機能(咀嚼・嚥下)・呼吸機能・発語機能の3つと考えられる。
これらの機能は「咽頭腔」を協同利用しているために同時に機能させることができない。
それは、ヒトが進化の過程で直立二足歩行となったことにより体幹の中での頭蓋の位置が変化し、咽頭腔の拡大が生じ軟口蓋と喉頭蓋が離開した。
こうして生じた軟口蓋と舌による咽頭控の閉鎖と共鳴により、人間は口呼吸と発語という新たな機能を獲得したが、その反面、窒息や誤嚥、習慣性口呼吸や睡眠時無呼吸という生命の危機に関わる課題も手に入れることになった。
従って、口腔咽頭腔の構造から見た口腔機能のメカニズムとは、この3つの機能を切換えることであり、この3つの機能を切換えるチカラこそが「口腔機能が発揮する」ということになる。参考
動物一般においては気道に物を詰まらせるということはなく、空気の通路と食物の通路が立体交差になっていて、誤嚥のような事故は起こさない。
一方、ヒトにおいては立体交差のほうが安全なのに、あえてリスクを冒して交差点方式をとっている。
それがヒトにおける音声や言語を可能にしている。
ヒトは生まれつき言葉を話せるわけではなく、おおよそ3ヶ月までは赤ちゃんの喉はチンパンジーと同じで、呼吸と乳を飲む通路は別々になっており、おっぱいを飲みながら鼻を鳴らして呼吸をしている。
それが3ヶ月を過ぎると、下顎の発達とともに咽頭と喉頭蓋が下がり始め、声帯を使って笑い声や言葉を口から出すようになる。直立二足歩行による咽頭の変化
直立二足歩行になると、喉頭が下がってきたため、喉頭蓋と軟口蓋の間が広くなる。
口腔機能を生み出す咽頭腔の閉鎖
口腔機能は、『圧』に対応して機能調整される。
呼吸や発語時には、空気力学的要素(鼻腔の通気性、肺・気管の伸展性、喉頭の空気速度、口腔の容積と圧、口唇の膨らみ)により調整される。
嚥下時には、食行動的要素である食塊の圧により調整される。
これら2つの調整機構の中で口腔と咽頭腔の境界で圧の調整をする中心的な働きをしているのが軟口蓋であり、軟口蓋の働きにより瞬時にして嚥下機能と呼吸機能と発語機能を切換えられる。
口腔機能の発達と獲得の機序にも口腔咽頭腔の陰圧形成が関係している。
胎児の姿勢と口腔機能の関連について、丸山によれば子宮内での胎児の姿勢が頚部を前方に屈曲した、丸まるような姿勢をすると、口腔内の陰圧が高まり口唇閉鎖が容易にされ羊水嚥下が楽にでき、出生後も顔面筋の活動が安定し哺乳・嚥下・鼻呼吸などの機能の発達が促進されると報告している。
また、林によれば生後3ケ月児の腹這いによるうつ伏せ姿勢と体幹を支える運動が、口腔機能が発達する上で重要であると述べている。
つまり、口腔機能の発達の機序において、口腔と咽頭腔の陰圧形成が獲得できなければ、質の高い口腔機能の獲得は望めない。
そのため、しっかりと頭頚部を支える体幹が必要で、その体幹が口腔と咽頭控の陰圧を形成する必要がある。高齢者は、体幹の筋力が低下してくると、頭部が上方に傾き首が伸び口腔咽頭腔の陰圧形成が不十分になり、咽頭と口腔の圧受容が低下し、嚥下反射や咳反射の低下が起り、誤嚥が発生しやすくなる。
また、脳深部皮質における脳血管障害(ラクナ梗塞)が生じた時、ドーバミンの減少がサブスタンスP分泌を減少させ口腔咽頭腔の圧受容を低下させ誤嚥を発生する。
サブスタンスPが低下すると圧受容が低下し食物や痰を感知できなくなり誤嚥につながる。
臨床的には、サブスタンスPの上昇にカプサイシンが用いられるが、口腔への触覚刺激を与えるとサブスタンスPの分泌が促進される。
口腔ケアの本来の目的とは、口腔清掃による感染の防止だけでなく、口腔内や顔面周囲への触覚刺激によるサブスタンスPの分泌促進による咽頭と口腔の圧受容の改善といえる。歯科の末病への取組み「栄養と口腔機能」
ヒトの栄養行動は、環境からの食の選択に始まり、調理・加工という体外過程を経て、取込み・咀嚼・嚥下という口腔内の過程から消化・吸収・排泄の体内過程を経て生活体に寄与される。
歯科が関わるのは、調理・加工から咀嚼・嚥下までの過程で、「食の効率化」と「食行動の安全」が活動目標の柱となる。そこで、栄養と口腔機能への具体的な取組みを大きく3つに分けて考えてみる。
1) 確かに食べるチカラ
咀嚼の心身に与える影響に関する研究が進み、咀嚼が生活習慣や栄養、ストレスに影響するだけでなく、咀嚼と中枢の関係から認知機能への影響も報告されており、咀嚼の重要性がさらに評価されている。
咀嚼とは「食物を歯列で噛み潰しながら唾液と混ぜて食塊を形成する過程であり、咀嚼運動は、下顎、口唇・頬、舌、軟口蓋の4つのパーツが協同・協調しながら口に入れた食物を食塊にする運動である。この咀嚼機能を守ることが口腔機能全体の老化を遅らせる手だてになると考えられる。
咀嚼運動の特徴 1・2 半無意識.半自動調節運動とリズム運動
咀嚼運動を構成する4つのパーツが中枢により制御されており、咀嚼運動に見られる半自動・半無意識的なリズム運動は歩行運動とよく似ている。
私たちがふだん歩く時、意識を入れたり切ったりしながら地面の変化に対応して歩いているように、食物が口に入ると意識を入れたり切ったりしながら、その食物の触感や大ささや性状に対し最適の運動を探しながら咀嚼運動を行っている。咀嚼運動の特徴 3 廃用性萎縮しにくい
普通、筋力が衰えると歩行や姿勢の制御不全が生じ廃用性萎縮による機能低下を招く。
しかし、口腔機能は多数の筋肉が協調しながら小さい距離の収縮の調整力と、速い速度で収縮と弛緩を繰り返す力が求められており、筋の収縮のタイミングをとりながら周りの筋肉とのバランスを調整する運動が主となるため、日常動作での筋力を必要としないことから、廃用性萎縮が生じにくい。
口腔機能の日常活動で要求される筋力は、おおよそ20〜30%で使い続けることができると考えられている。
これを下回ったとき廃用性萎縮となり、これを上回ると筋疲労が出やすく長時間働くことができないと考えられている。
特に発話時には、長時間にわたり顎や舌、軟口蓋や顔面の筋が速い速度で繰返し運動するが、最大筋力の30%程度の筋力のため長時間の会話でも疲れない。咀嚼運動の特徴 4 自由運動が大きい
口腔領域の関節は顎関節だけである。
関節を持たないということは、筋と筋が何らかの形で連結することになる。
それは、関節を持つよりも運動の自由度を上げるだけでなく、筋の付着部を安定した位置に置くため、複数の筋が拮抗しながらバランスよく活動する必要があることを意味する
口腔機能を発揮させ、その質を低下させないためには、強い筋力ではなく「柔軟性や伸展性、そして筋の協調性」が必要で、その分口腔機能の基盤になる「圧」に対する感受性を高める。咀嚼運動の特徴 5 制限と許可が運動側や範囲を決める
顎運動や舌運動は咀嚼運動の中心であり、これらの運動は口腔の感覚器からの情報により、食物の性状や大きさに応じて最適の運動を行う。
また、前後上下左右の6方向に動き、咀嚼運動の方向や大きさや強さを決定する。
その際に、歯の咬合面形態や咬合状態や筋力により運動範囲に制限や許可を受けることで運動に差が出てくる(個人間で食行動が異なる)。顎運動の制限や干渉の強さを自身で認識することは難しいため医療者からの指導や修正が必要である。
また、こうした運動の修正は、意識下のもとで学習することで無意識な運動へと戻すことができる。
普段からあらゆる方向ヘスムーズな顎運動ができるように意識をして運動することが大切と思われる。2) 安全に食べるチカラ
安全に食べるとは、咀嚼において異物を排除する力と安全に嚥下する力。
【口腔の異物排除力】
食の安全が食育の柱としていわれているが、そのほとんどが食品の安全を訴えたものである。
歯科医療者にとっての食の安全とは、食品の安全ではなく、安全に食べられる力を獲得させることではないだろうか
ところが、最近では小骨1つ探せない子どもが多くなっている。
こうした、食物の異物排除ができない理由は、咀嚼機能が低いことが原因と考えられる。
咀嚼運動により下顎・舌・口唇・頬・軟口蓋からの感覚人力で異物に対する情報が入るが、高齢者は、老化に伴い咀嚼運動が低下するために異物排除力が落ちると考えられる。
また、食べることは、味覚だけでなく触覚に付随した温度や圧、それに関節や筋肉や歯根膜からの固有感覚が人力される。
食行動は脳の認知機能を高める上で最高の感覚刺激を入力してくれる。【嚥下一呼吸の切換え】
嚥下と呼吸のCPG(Central Pattern Generator)は、いずれも下部脳幹にあり解剖学的に近いだけでなく機能的にも相互の神経結合により密接に影響し合っている。
このため、発語時は嚥下も呼吸も抑制され、嚥下をする時には呼吸が抑制される。
嚥下は、呼気一吸気の呼吸サイクルの「呼気」中に一瞬呼吸を止めて嚥下する。
これを「嚥下性無呼吸」という。嚥下は、呼吸サイクルの合間を縫って呼吸を止めたわずかな時間内で嚥下を終わらせなければならない。
つまり、嚥下のために一時的に呼吸を止めている時間内に嚥下が終わらなかったために生じるのが誤嚥である。
誤嚥の原因としては、加齢による咽頭腔の拡大がある。
咽頭腔が拡大すると食塊の移動時間が延長することで呼吸を止めている時間内に食塊が通過しなくなり誤嚥しやすくなる。
また、高齢になると口数が減り、話さなくなることも口腔機能の切換え機能が低下する原因と考えられる。
さらに、前歯の喪失による口唇閉鎖圧の低下が食塊の移送時間を送らせ誤嚥の原因となる。
また、習慣性口呼吸者では呼吸サイクルに乱れが多いことがわかっている。
ところが、習慣性口呼吸者も口唇の閉鎖をおこなわせると呼吸サイクルの乱れが消失する。上図出典
Harold G. Preiksaitis, Catherine A. Mills
Journal of Applied Physiology Published 1 October 1996 Vol. 81 no. 4, 1707-17143) 乱れない食行動と食習慣
今の私たちが抱える根本的な問題は、ヒトが人間へと進化した時の身体が現在の生活環境(特に食事と身体活動)に適応できないために生じていると考えられる。
一見すると出生時死亡が減少し、感染症による死亡も減り、一部の国と地域を除いて栄養不足もなく健康と長寿を手に入れたように見える。
しかし、肥満やメタボリックシンドロームに代表されるような生活由来の慢性疾患が世界中に蔓延している。
そうしてみると、私たちの身体は現代の便利な生活や経済中心の社会形態には適応できていないとも考えられる。
この現代の生活の中で悪循環を断ち切り健康に生きるには、食にしても身体活動にしても「選択できる判断力」が重要だと思う。環境から食を選択し、体内に入れるかどうかは口が決定する。
口の機能を発達させ、形態を成長させることは、身体に合った食を選択する食行動や食習慣を身につける上で不可欠である。
しかし、食行動について考える時には栄養を優先する傾向にあった。【口腔機能と食行動】
咬合形態、特に「過蓋咬合」が食行動に強く影響することが認められている。
過蓋咬合は摂食行動の発達が遅れやすく、食において特徴的な行動が生じやすい。よく食べるから良いわけではなく、そこにはよく食べる・食べない原因がある。
過蓋咬合や開咬という咀嚼運動が機能しない構造を持っているのか、口腔感覚が過敏で咀嚼という食塊形成の過程が気持悪く直ぐに流し込むのか、逆に飲込めずに口腔内の前歯付近にいつまでも溜め込むのか、前歯が機能せず噛みきれないためにたくさんの食物を頬張るのか、薄く柔らかいと噛めないのでたくさん頬張るのかなど、食行動から口腔機能を考える要素はたくさんある。
こうした乳幼児期の食行動は、一種の習癖行動と類似している。
習癖には、大きく2つのタイプが存在する。低年齢で高い出現率であるのが年齢の増加に伴い減少していくタイブ、この代表は指しやぶりである。
「偏食」や「飲込まない」という食行動は、年齢増加に伴い減少する。
もう一つは、低年齢では出現しないが4〜5歳頃から始まり、8歳頃をピークにして減少していくタイプで、この習癖の代表が「爪かみ」で、食行動では「一品食べ」である。こうしたことから、食行動も感覚運動の一部として発達することが読み取れる。噛まずに飲込む、流し込むといった食行動は、乳幼児期に獲得されると成人期まで継続していく傾向がある。
また、乳幼児の食行動で問題となりやすい「食が細く食べない子」の場合、実は食べない子も「よく食べる子」と同じ過蓋咬合である可能性が高く、口腔と咽頭感覚の過敏が疑える。そのために、成長するにしたがい「流し込み食べ」から肥満へと繋がる可能性がある。乳幼児期からの、こうした食行動が習慣化したまま成人となり、肥満やメタボリックシンドロームから慢性疾患へと繋がるとするなら、食を根本原因とした慢性疾患の未病対策として、正常な食行動を獲得させることは重要であり、その役割を担うべきは歯科ではないだろうか。
そして、歯科における食育のありかたも変わらざるを得ず、栄養や糖質の摂取という枠ではなく、食行動を成長期から修正し改善していくことが歯科には求められている。【食習慣の形成の基盤】
乳幼児と高齢者には、共通点が多く存在する。
その中でも、乳幼児も高齢者も生活弱者だということである。
乳幼児は生活機能を獲得し、集団生活ができるように自立することが目標である。
高齢者は、生活機能を保持し衰退しないよう自立を継続させることが目標である。
乳幼児の自立が遅れると「養護」が継続され、高齢者が自立を失えば「介護」となる。
つまり、自立というのが老いも若きも人間として社会生活を送る上での最低条件である。
保育の目標が「自立」であるように、長寿の目標も「自立」である。
その自立を支える基盤となるのが、生理的調整機能と感覚運動調整機能である。
生理的な調整機能が獲得されることで、自律神経系と内分泌系と免疫系の生体恒常性を機能させ、生命保持と健康の基盤を形成される。
その生理的調整機能を獲得する上で重要なことが、毎日の生活リズムである。
同じリズムで生活し「型」を作ることにより調整系は保たれる。
その生活リズムを形成する上で大切な原則がある。
生活リズムを構成する要素である食事・睡眠・運動(行動・遊び)は、互いに強い関連性を持ちながら影響し合う。
食行動が不活発になる背景には、睡眠不足による腸管の運動性の低下や、運動の不足による空腹感の欠如などが強く関わる。
こうしたサーカディアンリズム(体内時計)の不調をリセットさせるには、「朝の光」と「食事」が最も効果的な要素である。全身運動発達と口腔運動発達におけるスキル
摂食機能を中心とした口腔機能のすべてが運動機能だとするなら、口腔機能の発達を全身運動発達スキルの一部として捉えることが重要と考える。
口腔運動は、全身の中で最も遠心位に位置する。
そのため、口腔機能を発揮するには、口腔機能の安定動作を支える体幹をはじめとした頸部や頭部の姿勢保持が欠かせない。
体幹や頭部を支えられない子どもは、末端の微細運動を行う時に固定源が必要となり身体を曲げ、どこかに寄り添い安定を求めて運動を行うことで運動を行うため姿勢が悪く見える。
それが継続するなかで顎顔面と体幹・頭部の筋は、悪い姿勢でバランスを持つことになる。矯正治療により末端の筋均衡が修正されたことで逆に姿勢の修正がみられるが、体幹や頭部の安定支持基盤が修正されない限り姿勢だけでなく末端の口腔の筋平衡が乱れ歯列咬合はもとの不正に戻るだろう。
全身運動発達において安定した協調運動を行うには「安定」「可動」「分離」という順序で発達することが重要だ。
それは、口腔発達スキルも同様で、吸啜運動から咀嚼運動への転換には運動の安定・可動が重要である。
吸啜運動は、顎の開閉運動に同調させるように舌筋や口輪筋・咽頭筋が一体となって活動する。
これに対し、咀嚼運動は顎の活動と舌や口唇・頬の顔面筋は、作業形態によってそれぞれ個々の運動が可能となることで相反的な協調運動を行う。このような巧みな運動が発達するには、まずは基礎となる体幹の安定と粗大運動である吸啜運動による安定した可動が必要とされる。
下顎と舌が一体となった安定した吸啜動作は、粗大運動として下顎に安定を与え、この一体となった運動から下顎の動きを分離させる。
吸啜時には開口し口唇の活動性が低かったが、咀嚼開始時には口唇閉鎖が必要となる。
上下口唇の閉鎖が、口輪筋や頬筋の安定した運動を可能にし、さらには嚥下時の上咽頭収縮筋の強力な括約を作り出す。
よって、吸啜から咀嚼への転換には、口唇閉鎖と顎と舌の運動性が重要であると考えられる。下顎と舌の運動発達の順序性は、全身の運動発達のスキルに準ずる。
その可動性は、近位の安定性を基盤にして発達し、下顎の発達は頭蓋と頭部そして体幹胴部を基盤にすることになる。
舌は、下顎の遠位にあり手にたとえると指先にあたるから、舌運動機能が低下し不安定になった時は、まずはその下位の運動である下顎の安定を確認しさらに頭蓋・頚部の安定性(姿勢)を順に確認することが重要となる。
高齢者の筋力の低下は、体幹からはじまり、頭蓋の維持ができなくなった時に下顎運動そして舌運動が低下する。
よって、滑舌が低下しはじめたら咀嚼機能、嚥下機能、呼吸機能と低下が続くのではないかと思われる。歯科の未病への取組み「口腔機能と睡眠」
日本人の睡眠時無呼吸症候群のタイプ別分類
下顎の後退が、気道を狭窄させ睡眠中の呼吸障害につながることは広く知られている。
しかし、日本人の睡眠時無呼吸の原因は、軟組織型50%、骨格型10%、混合型30%といわれており、下顎の後退だけが睡眠障害につながるわけではなく、むしろ軟組織の問題が大きいことがわかる。
口腔機能を形成する4つのパーツ(下顎、口唇・頬、舌、軟口蓋)の共同・協調運動の質が低ければ、パーツの個々の質や歯列の形態にまで影響し、下顎の後退を生み出し睡眠障害を生じさせる。
さらに、高齢者の体力低下による姿勢の崩れは咽頭と口腔の陰圧の低下を招き、老化による喉頭の下垂は軟口蓋と喉頭蓋の連動を悪化させ、下顎をも後退させる。
下顎が小さく後退する過蓋咬合の幼児を毎日歩かせると過蓋咬合は改善されることから、下顎が後退傾向の高齢者にも歩行運動は効果的と思われる。愛知学院大学小児歯科教室 吉田吉成ら 「つぐみ」使用による夜間睡眠時姿勢の変化
また、夜間睡眠時に睡眠障害のある乳児に対し哺乳しにくい哺乳瓶での授乳をさせたところ、2週間で夜間睡眠時の姿勢や呼吸が改善したことから、高齢者にも口で強く吸ったり吹いたりする運動が効果的と考える。
最近では、デイケアなどの施設でストロ一や風車やフーセンを使って口腔機能を高める訓練をするところもあるようだ。小児保健研究「乳児の口呼吸の予防に関する研究」 愛知学院大学小児歯科教室 吉田吉成ら
「つぐみ」使用による夜間睡眠時姿勢の変化睡眠中の姿勢に対し横向きやうつぶせで寝る姿勢がよくないとする意見もあるが、下顎が後退しやすく、呼吸筋の働きが弱い乳幼児や高齢者では、そうした姿勢がもっとも呼吸筋が安定するために呼吸しやすい。
私たちの姿勢や運動は、体幹を安定させることで粗大・微細運動や口腔機能だけでなく感覚入力の安定にまで関係する。
こうしたことを理解するには、脳性麻痺児の運動や姿勢、さらには咽頭腔の伸展による口控機能と呼吸機能の低下、そして歯列・咬合の歪みの変化過程をみればよく理解できる。
安全で安定して呼吸できる姿勢を見つけた上で、睡眠中の姿勢の根本原因を探り、改善することが大切である。歯科の未病への取組み「口呼吸の害」
呼吸様式の転換
口呼吸の為害性は、広く認知されはじめているが、口呼吸自体は鼻呼吸の補助的呼吸として存在し、正常な口腔機能の1つといえる。
すなわち、環境温度や心身が多くの呼吸量を必要とした際には、自然と口呼吸は発動される。
その口呼吸の獲得は、出生時に口腔機能が開始されたことで獲得される機能で、胎生32週の未熟児は口呼吸ができず鼻閉寒によりApneaを起こすが、胎生36週以後の新生児は鼻閉塞時に口呼吸を行う転換機能が獲得される。
吸啜運動の繰返しにより口腔と咽頭部での適切な圧抵抗を感受することで口呼吸が獲得される。
鼻呼吸と口呼吸の切換えが可能になったことで、呼吸と嚥下の切換えも安定していく。
一般に口呼吸の原因は、口唇閉鎖不全と考えられているが、鼻呼吸から口呼吸への転換の機序は、posterior oral sealingとして咽頭腔の内圧を保持するために働いている口峡閉鎖が破綻した時に口呼吸になる。
軟口蓋と舌の密着がしっかりしていれば、いくら鼻閉により鼻腔通気抵抗が上昇しても鼻呼吸を維持できる。
しかし、鼻閉の程度が少なくても、軟口蓋と舌の密着が弱いと口峡閉鎖は破られ、呼吸気は容易に口腔内へ侵入し、下顎の後方回転や舌の低位を作り、口腔内に呼吸路をつくり口唇閉鎖(anterior oral sealing)を破壊して口呼吸が開始される。
つまり、口唇閉鎖とともに安静鼻呼吸時における軟口蓋と舌の密着による口峡閉鎖は大切である。健常者と慢性扁桃炎の唾液におけるOTU数の比較 (OTU : Operational Taxonomic Unit 菌種組成)
老化すると口腔周囲筋の機能低下による口唇閉鎖不全と下顎の後退とともに、軟口蓋の運動性が低下することで軟口蓋が肥厚したり伸びたりして口呼吸だけでなく、睡眠時のいびきや無呼吸にもつながる。
睡眠時無呼吸は、単に呼吸を止めるというだけでなく、慢性的に無呼吸が継続すれば循環系や脳血管系に負担がかかり、それらの臓器での問題が生じることになる。
最近では、乳幼児の下顎の狭小が顕著になったことに合わせて、上顎歯列の狭窄により、さらに下顎の後退が増長したことで小児の睡眠障害が問題となっている。
小児の睡眠障害が成人と異なるのは、その影響が小児の発達の多岐にわたる。
行動発達では、ADHD(注意欠陥・多動性障害)や自閉症類似の症状がみられると睡眠障害との鑑別が困難になる。
小児の睡眠障害に対しては、成人と同様の対処が困難なことから、最近では歯科矯正治療による上顎急速拡大が効果的であるといわれている。
習慣化した口呼吸は、口腔乾燥や口臭といった問題を引き起こすだけでなく、口腔内や咽頭腔に慢性の病巣を作る可能性が高い。
その慢性病巣での継続的な炎症が免疫の過剰な反応を生み出し、免疫システムの異常からアレルギー疾患、リウマチ、掌蹠膿疱などの免疫疾患の原因となる。腎臓透析患者の半数近くを占めるIgA腎症も上咽頭や口蓋扁桃、根尖病巣などが病巣となって発症することが考えられている。現往ヒトマイクロバイオーム研究の一環として、IgA腎症患者や咽頭腔の慢性炎症患者に対し、唾液中の口腔内細菌に対するメタゲノム解析による解明が進んでいる。
将来、唾液中の常在菌検査により全身の慢性疾患との関連性を見つけ出す可能性も出てきた。